Marvelous!

もんもん趣味レーション!

中学生のわたしに贈る言葉

中学生の自分へ
 
元気ですか。いや、あなたは絶対に元気です。覚えています。多分あなたは中学3年生、鬱々とした気持で向かったカナダでの短期留学を終え、自分に自信がついたことだと思います。22歳の私が今までの人生を振り返っても、トップ5に入る「強い子」ですよ。たまにあなたのその強かさが羨ましいと感じます。あの頃の出会いは、とてつもなく大きくて、それでいて切ないものです。なかなか向こうの彼らとは連絡が取れない状況になってしまったからです。一期一会を強く感じさせられます。今でも、別れはつらい。
 
幸せですか。今の私から言わせれば、幸せでしょう。たぶん、エスカレーターで高校へ進む、楽な道を廃し茨の道へ進もうとしている頃でしょう。ほんのちょっと、不安が募り始めていることでしょう。でも、なんとかなります。なんだかんだ、受かります。今までで一番「努力せず手に入れた」合格です、それはそれは。
それでも不安は取り除けないことでしょう。今の友達と別れてしまう(人生で一番楽しいクラスだったのは言うまでもない)、新しい学校では冷たい目、白い目で見られることへの恐怖、と、たくさんの不安がうずまいていることでしょう。実際、なんとかなりました。過去の経歴なんてだんだんそれによって縛られることはなくなるんだから。過去を持ちだす奴は皆つまらないカス野郎です。それだけは覚えておきましょう。センター試験の結果とかで未だに大口を叩く奴は落ちぶれるだけです。それだけです。
 
あなたはこの3年間、大変頑張りました。
周りも頑張っているから報われない、と思ったこともあったでしょう。でもあなたは、頑張った。
そして、今の私の基盤をつくってくれました。あなたは今の私です。アイデンティティって、これか、そう、これです、と未来の私に気が付かせてくれた、それがあなたです。ありがとう。頑張ってくれて。
 
これからも、がんばろうね。よろしく、頼んだよ。
 
一ついうのならば、もう少し外の世界を知るべきでした。帰り道一緒の男の子、とか。
あなたのせいで。まだちょっと男性恐怖症が治っていませんよ。
 

TRUST

正直22年生きてていろんなひとと話して関わって生きていったのにどうして道が一つしかないように錯覚していたのだろうその選択しかないように思って死ぬかもしれないかのように感じて行き詰まっていたのだろういつのまに私は他人の道のそれたと言われがちな選択を蔑んでいたのだろう正しいことなんて最初からなくて結局は自分の選択を自分自身を信じないといけないだけなのに私はとうの昔に受け入れる心を失ってしまったのかハブられるのに怯えていただけなのか一体全体どうしたのか私は

 

逸れようが逸れまいが自分が選んだ道を信じることだ、と、この半年で強く感じました。自分の人生だし、自分らしく、強く生きる。言い訳しない。何かあっても、あったらそのとき考えるってことで。

人の選択も素直に応援してあげよう。

よってんなー(笑)日本酒(笑)

簡単だけど難しい話

就職活動も、たぶん後半戦に突入しているだろう今、改めて「覚悟する」ことの難しさを痛感しています。口で言うことは大変だけれど実際難しい、と、日々思わされています。

 

地元が好きなキャラとして見られていることが多い私ですが、「地元に就職しない」という選択をしました。一応1社だけ受けてみようとは考えているものの、親への体裁を良くするためという意味合いが強く、例えどこにも決まらなくとも行くつもりはありません。甘えかもしれないけれど。入学当初は「4年後は公務員として地元で働く〜云々」「地元戻りたい〜云々かんぬん」と先々で言っていた当時では考えられない発言をしているなあ、と思い、思い出す度笑っちゃいます。

 

この3年ちょいの間で、私自身が驚くほどいろいろなことが起こりました。予想を遥かに超えるイベントの数々。(なんか胡散臭いポエマーのエッセイみたいだな)それらをくぐり抜ける中で気がついたのが「私は単に公務員として地元に戻るということで親への体裁を守ってきたんだ。地域活性に興味が出たのも、その理由づくりのための伏線でしかなかったんだ」と。今となっては「『地方創生』とか出ているし、単純に東京での生活をしていくなかで地方での活動も鍵をにぎるのでは」と、学術的な理由から「(持続可能な)地域活性・発展」に興味があり書籍・イベントにも手を出していますが、そういう理由があって、地域が〜〜とうるさく騒いでいたのだと思います。漠然としか地域活性に興味がでなかったのが、根底に「見かけをまもる」ことを考えていたからだったのでした。

そうか、道理で身が入らなかったのか。

最近では持っぱら「イベントやって地域活性したふりしんてんな、カス」なんて暴言はきかけることもあり、当時ほど闇雲に眼前にひろがる取り組みを安易に肯定することはなくなりました。が、今でも好きですよ、興味ありますよ、でも…。(これ以上は言わない)

 

(これ以上話すと荒れそうだからやめとこう)

 

 

古都へ、に

 さて、京都にむかわんとす。
 書き忘れましたが、新幹線は無事に確保することができました。大学から近い品川から京都の、そして、帰りは京都から実家の最寄り駅までの切符です。すんなりととれてしまい、ちょっと驚きました。指定席、GETです
 指定席を事前に取ったものの、当日に時間変更をして12時少し前の電車に乗りました。傍から見れば、帰省する大学生に見えたことでしょう。かなり荷物を抑えたので。小さなキャリーバック、小さなショルダーバックにカメラやガイドブックを入れ、ホームで新幹線を待ちました。昼に移動するのでお弁当を買わなければとかんがえるものの、いかんせん駅弁(なるものたち)はなかなか高額、晩御飯までおあずけにしました。その分の時間を使って、車中ではガイドブックとスマートフォン片手に1日目の旅程を組みました。あああそこにいいたい、こことここは近い、ここは歩いていけるかも、というように本の上の妄想旅行が繰り広げられました。最終的に目的地に付く前にスケジュールが組め、あとはただただ読書に勤しむことにしました。
 新横浜から京都まで、間には名古屋しか止まらず、びゅんびゅんと西へと向かって行きました。「線路は続くよ、どこまでも」なんて歌が頭のなかで流れました。なんだか口ずさみたくなるけど、静かな車輌の中で歌うのは恥ずかしくてできませんでした。たった一人だけの旅、不安もあるけれど、未知なる世界へ羽ばたく鳥のような期待で胸が膨らんでいるのは確かでした。
 静岡、愛知、岐阜、滋賀、そして、いよいよ京都へと向かっていきます。
 
 

古都まで、いち

5月1日から3日まで、2泊3日で京都に行きました。本当は研究会の授業があり、1日の夜から行く予定でしたが、いろいろ(という名の仮病行使)あって、1日の昼に新横浜を出発しました。なるべく安く済ませたかったのですがどうしても高速バスが使えなかったので、学割を使って新幹線を確保しました(そのおかげで時間変更がラクにできたのだからこれで良かったのかもしれません)
 いやあ、有意義な旅だったこと。
 
 この旅を決めたのは2週間、もなかったな、10日前だったかと思います。京阪神方面、もしくは飛び越えて広島まで旅行に出たい気持ちが頂点に達し、意を決して宿の確保に出ました。両親には「神戸に本社のある方と連絡がとれたため、会いに行く」と嘘を付き、すこしばかりの旅費を手に入れました。思えば嘘だらけの旅行だったな、と。
 さて、予約しましょう。日程は5月1日から3日あたりが妥当だろう。しかし、いかんせんゴールデンウィーク。春や紅葉の期間と比べると少ないだろうが、観光客でごった返しているのは間違いない。旅行会社のプランも稼ぎどきだからお高くつきそう。よし、宿代と交通費をケチろう、と、宿をゲストハウスとカプセルホテルに絞込み、片っ端から空室情報を調べます。
 嗚呼、2日連泊は難しいのか。カプセルホテルの空室状況とにらめっこし、田園調布のスタバで溜息をつきました。(意を決したのもここです。ここ、すき)とりあえず、路頭に迷うのは意地でも避けたいので、少し高いけれど1日目の宿を確保しました。河原町のカプセルホテル、男女別フロアに分かれていて、安全といえば安全なところをとりました。21年半で初のカプセルホテル宿泊が決まりました。(これが今回の旅の最大の不安だった)

 さてさて、2日目の宿も決めないとならない。カプセルホテルの空きが出ないかと格闘しようと試みたものの、さすがGW、お値段が通常の倍以上かかるとの記述を見つけます。これでは名も無き旅行会社のプランで行くほうが安く着きそう…ならば、ゲストハウスの安いドミトリーを探すことにシフトチェンジ。しかし、どこも満室。すぐに男女混合の部屋を見つけましたが、世界一安全な国日本でもこればかりは少し躊躇いが。するとそこに、

「女性ドミトリー 空室有り 2980円」の表記が。これは取るしか無い。取るしか無い。取るしか無い!と、すぐに予約をしました。
 が、本予約のための確認を返信するのに手間取り、別の人に先を越されてしまう。ああ、土曜の祇園を彷徨うのか、と途方にくれるのか。ああ、つらい。ああ、つらい。これを2ターン繰り返します。その後、無事に二条城付近のゲストハウス(2800円、最初よりも安い!)を確保。
 
さあさあ、京都に向かわんとす。

お笑い、楽しいですか(そのいち)

就職活動で日々忙殺されている中思ったことを、つらつらと。

 

先日、テレビ朝日アメトーーク」で「いい歳して…若い女の子大好き芸人」なるものを放送していた。やることが山積みなのは重々承知で、それゆえに笑って癒やされたいな…と(は思っていない。高校時代からほぼ毎週見ていたから、今回も見ただけ)思い、なんとはなしに見ることにした。

今回のリーダー的ポジションにはチュートリアルの徳井さんが。小学校の頃から彼のことは(個人としてもコンビとしても)好きで、かれこれ11年になるな、あの頃はよしもと男前ランキングのトップだったな、懐かしいなと思いを馳せていた。

そんなこんなで序盤、出演者の年齢が話題に上がる。全員、40をとうに過ぎている。今回のメンバーで(MEGUMIを除いて)最年少なのが、徳井さん、40歳。徳井さん、40歳になったのか…としみじみ思う。

 

え、40歳????

 

私が小学校の頃からテレビで見たり、雑誌(当時お笑いブームにのっかって様々な出版社が芸人を取り上げた雑誌を刊行していた。今は皆無と言っていいほど)を読んだりして興味を持ったりライブを見に行っていた芸人のほとんどが30代半ば、40歳前後になっていることに気がつく。爆笑問題の2人ももう50代に差し掛かるのではないだろうか。かつて追っかけのようにライブを見に行った芸人のほとんどが30代なかばになったようだ。立派なおっさんだ。知ってる芸人みんなおっさんだ。

 

芸人ておっさんばかりになってしまったのか…

 

(つづく)(あんまりまとまってないな)

 

さむい

上京してから3年半経ち、一人暮らしに慣れたかといえばそういうわけでもなく、移ろう季節を呆然と過ぎていく日々を送っています。

あついな、さむいな、で季節を掴み、毎朝「今日は何を着ようかな」と悩んでいます。高校までの、制服を着る日々(=服装に悩まない生活)に戻りたいなと思うときもしばしば。

生まれ育った甲府は、山に囲まれていて山々の景色を見れば季節が明確にわかり、盆地特有の寒暖の差によって春夏秋冬が非常にはっきりとしていました。夏は気温40度近くなり異常と言わんばかりの暑さ、冬は北海道とは比にはなりませんが凍えるような寒さ。でもなんとなく好きでした。

先日甲府に帰省した際、東京よりも寒く感じ、「あっち(東京)の寒さで震えていた自分、ばかだったな」と思いました。なんだろう、そんなに寒くないね、都会。

 

2月をすぎれば、春が来て、暖かくなります。寂しさで寒さを感じるかもしれませんが、あの春らしい暖かさが恋しいものです。