声があるからには
最近、毎日外にでるようにしています。出るようになってしまった、が正しいのかもしれません。こうなってしまった一番の理由は、忙しい彼氏にかまってもらえてない鬱憤を晴らす、寂しさを紛らわしたい、というメンヘラかまってちゃんみたいなものです。それが悩みの9割を占めています。家にいると、そればかり考えるようなってしまったから、一秒でも忘れたい、という自分らしくない(とかんがえるようにしている)ことになってしまう
はてさて残りの1割は何でしょう。
部屋が汚いから?勉強したくないから?
となったときに、ふと思うのは誰かとしゃべりたいからではないかな、と
(かまってちゃんだ!!!!)
彼氏と〜とか関係なく、コンビニの店員さんでも駅員さんでも道を聞いてくる外国人でも、誰でもいいから、誰かに対して自分の声を出したくなるから、ではないかと考えています。あくまでも仮説なんですけど。
中高で演劇に力を注いでいたから、無意識に声を発するという行為自体を重んじるようになりました、たぶん。
今日も、お寺のかたやお団子屋のおばさんやファミマのおっさんや本屋のおばちゃんと「しゃべったな」
満足、まんぞく、マンゾク